「私たちは、競合の大半を上回る支出はできない。」

2016年5月、Brentfordはクラブ公式の声明に、こう書いた。自分たちの限界を、自分たちの言葉で公表したのだ。そのうえで、全年代のアカデミーをやめ、17歳から21歳、約18人の集団に絞ると発表した。

一方、Brighton & Hove Albionには、資金を出し続けるオーナーがいる。Athletic Clubには、選べる選手の範囲を地域で区切る方針がある。

3つのクラブは、持っているものも、持っていないものも、まるで違う。その違いは、それぞれの経営判断に、どう表れているのか。

本稿は、こう考えるところから始める。

クラブの競争力は、持っている資源の大きさだけでは決まらない。自分たちの強みと制約を理解し、それを他にはない価値へ変える仕組みをつくれるか。その選択に、クラブの個性が表れる。

これはSIM編集部の見解であり、証明された法則ではない。どのクラブが優れているかを決める記事でもない。3つのクラブが、資源と制約を前に何を選んだのか。その選択を、公開された資料から追ってみる。

Brighton ― 持っている資源を、どう使うか

Moisés Caicedoは、2021年2月、19歳でBrightonに来た。獲得時の移籍金は、BBC Sportによれば£4mと報じられている。すぐにトップチームの主力になったわけではない。貸し出され、2022年1月に呼び戻され、2022/23シーズンにリーグ37試合に出た。Chelseaへ移ったのは2023年8月。報道では、移籍金は基本額£100m、追加条件によって最大£115mとされた。獲得から、約2年半が過ぎていた。

Alexis Mac Allisterは、2019年1月に20歳で獲得され、そのまま元のクラブに貸し戻された。Liverpoolへの移籍は2023年6月。約4年半かかっている。

オーナーのTony Bloomは、2025年10月、クラブ公式サイトに全文が載ったインタビューで、こう語っている。若手に多額を投じることはあるが、すぐに出場させる圧力はない。貸し出した選手の出場機会には、細心の注意を払う。

待つことは、無料ではない。選手を買ってから、その選手が価値を生むまでの間、支出だけが先に出る。その間を支えているのは、オーナーの資金だ。決算書によれば、2024年6月末、グループがBloomに負う債務は約£300mにのぼる。その一部は、2048年までに返せばよい形に切り替えられた。オーナーは、返済を急がせずに、長い時間をかけて、クラブを支えている。

編集部は、ここにBrightonの資本の意味があるのではないかと考える。資本は、選手を買う力であるだけではない。若手をすぐに試合に出さずにすみ、貸し出して機会を探せ、売る時期を資金の都合だけで決めずにすむ。つまり、資本は「待てる時間」をつくる可能性がある。

ただし、これは編集部の仮説だ。オーナーの発言も、保有期間の長い例も、資金の構造も、それぞれは確かな事実である。だが、資金があったから待てたのだと、示せているわけではない。2人の例は、うまくいった例でもある。そして、その時間は、一人のオーナーの意向の上にある。

資金の大きさと、その資金の使い方は、別の問いだ。Brightonの場合、その使い方の一つが、時間なのかもしれない。

Brentford ― 限られた資源を、どこに集中させるか

話は、2016年に戻る。

Brentfordは、共同ディレクターにフットボール部門の構造の検討を依頼し、その結論を公表した。「私たちは、競合の大半を上回る支出はできない」。だから「違う方法でやる必要がある」。若手の育成は、事業の視点で成り立たなければならない。ロンドンのクラブとして、有望な若手の獲得競争は激しい。

クラブは、ユース育成の公式制度(EPPP)から撤退し、U8からU21までのアカデミーをやめた。代わりに作ったのが、17歳から21歳の約18人の集団だ。トップチームと同じプレースタイルと哲学を学び、スポーツ科学、医療、分析の専門家の支援を受ける。そして、トップチームとの「密接な関係と、明確な道筋」を持つ。

それは、単なる撤退ではなかった。支出では勝てない競争から降り、限られた資源を別の場所へ振り向ける。その選択には、Brentfordなりの経営戦略が見える。

もう一つ、この決断で目を引くのは、育成を「選手を育てること」ではなく、「育成の経路をつくること」として扱っているところだ。入口は、地域の育成センター。途中は、トップチームと同じ型と専門家。出口は、トップチームへの道筋。どこに資源を集め、どこを手放すかを、経路の形で決めている。

ところが2022年7月、Brentfordはアカデミーを再開する。理由の多くは、外の条件の変化だった。リーグの規則、UEFAのライセンス、Brexit。同じ発表で、クラブは、2016年の閉鎖を「Brentford Bのもとで、より少数の選手に集中するため」の決断だったと振り返っている。Director of FootballのPhil Gilesは、こう言っている。「一度閉鎖した以上、再び閉鎖する考えで再開するのではない」。

2025年6月、再導入したアカデミーのディレクターは、チームの作り方を、こう語った。「採用する人数を絞り、少ない方が良いと考えた」。

2016年の「約18人に絞る」と、2025年の「人数を絞る、少ない方が良い」。9年を隔て、話している対象も違う。それでも、「絞る」という考えは、つながっているように見える。変えたのは、アカデミーを持つかどうかという仕組みだった。変えなかったのは、限られた資源を集中させるという考え方ではないか。これは、編集部の解釈である。

再開は、規則に押された面が大きい。思想が続いていたのだと、クラブ自身が語っているわけでもない。それでも、降りる決断と、戻る決断が、同じ考え方から出ていたのだとしたら。勝てない競争から降りることは、あきらめではなく、選び取った道だったことになる。

Athletic Club ― あえて選択肢を狭めて、何を育てるか

Athletic Clubの公式サイトによれば、Athletic Clubが起用するのは、自クラブ、またはバスク地方の他クラブのアカデミーで育った選手、またはバスク地方の7つの地域で生まれた選手だ。クラブの歴史ページによれば、起点は1911年にある。大会で、他のチームから外国人の起用を訴えられ、以後、地元の選手だけで戦うようになったという。

世界中のどのクラブにも買える選手を、選ばない。補強の選択肢を自分で狭める、大きな制約だ。

だが、クラブ自身の説明は、この制約を別の角度から語っている。2018年6月のクラブ公式記事は、2017/18シーズンのトップチームで、「homegrown」の選手が81%を占めたと書く。バスクの下部クラブとの協定は250以上、協力する各年代のチームは700以上にのぼる。そして、地元の選手だけで戦うという独自の方針こそが、Lezamaの背後にあり、これらの協定につながってきたのだと、クラブは説明している。これは2018年の数字であり、クラブ自身の言葉だ。

最新の決算書にも、その痕跡がある。2024/25年度、有形固定資産の取得原価の約7割が、育成拠点のLezamaに集まっている。スタジアムのSan Mamésは、クラブの資産ではなく、賃借している。会員は約4万4千人で、その収入は売上高の約16%を占める。2024年3月には、クラブ自身が「Unique in the world」という概念を打ち出し、地元のアイデンティティを前面に出した。

選手の供給、会員という収入、そして「Athletic Clubにしかない」という名乗り。地域とのつながりは、ここで、いくつもの役割を担っている。編集部は、これを単なる社会貢献ではなく、競争力を支える経営資源として見るべきではないかと考える。制約があるからこそ、育てられる強みがあるのではないか。選ばないという選択が、クラブのブランドを形づくっているのかもしれない。

この見方には、まだ弱いところがある。方針と育成の結びつきは、現時点では、クラブ自身の説明の域を出ない。その名乗りが、すぐに収益に表れているわけでもない。ブランドの価値は、1年の収入では測れないが、測れないからこそ、慎重に見る必要がある。

3つを並べて

3つのクラブは、制約への向き合い方も違う。

Brentfordは、「支出で勝てない」と、自分で名指しし、公表した。Athletic Clubは、「選べる選手の範囲」を、自分で定めている。Brightonの支えは、決算書の注記に書かれている。存続を支える資金が、一人のオーナーの意向の上にあるという構造だ。

3クラブは、違う問いに答えている。Brightonは、持っている資源を、どう使うか。Brentfordは、限られた資源を、どこに集中させるか。Athletic Clubは、あえて選択肢を狭めることで、何を育てるか。どの答えが正しいか、という話ではない。同じ「制約」という言葉の下に、まったく違う経営判断が並んでいる。

ただし、3クラブとも、資本も、収入源も持っている。Brightonにはオーナーの資金が、Brentfordには昇格後の放映収入が、Athletic ClubにはUEFAの収入とリーグの放映配分がある。使い方を選ぶことが、成績や収益を生んだと、この3つの例から言えるわけでもない。

使い方を選ぶことは、資本の代わりにはならない。資本の使い道を決める。

あなたのクラブには、何がないのだろう。そして、持っているのに、まだ競争力に変えていないものは、ないだろうか。それは、足りないものの、すぐ隣にあるのかもしれない。