大きな資本は、確かにあった
今、売上の世界ランキング上位に並ぶサッカークラブを見ると、ひとつの共通点に気づく。
今回調べた売上上位10クラブには、歴史のどこかで大きな資本を得た事例が見つかった。
会員だけで運営されてきたはずのクラブも、例外ではない。土地を売り、銀行から大きな融資を受け、企業に株式の一部を渡してきた。資本を一度も必要としなかったビッグクラブは、少なくとも今回調べた範囲では見つからなかった。
では、資本さえあれば、クラブは大きくなるのか。
この記事が見るのは、そこではない。見るのは、入った資本が何に変わったのかという一歩先のことだ。
スタジアムになったのか。選手になったのか。データを読む部署になったのか。それとも、オーナーの手元に戻る価値になったのか。
資本の行き先は、クラブによってまったく違っていた。
10クラブの「資本の地図」
まず、売上の指標で見た世界の上位10クラブを並べる。指標には、Deloitteの「Football Money League」(2024/25シーズン)の売上を使った。
| クラブ | 売上(€百万) | 所有の形 | 主な資本の形 | |
|---|---|---|---|---|
| 1 | Real Madrid | 1,161 | 会員所有 | 土地売却、スタジアム融資、将来収益の一部売却 |
| 2 | FC Barcelona | 974.8 | 会員所有 | 将来収入の売却、大型融資 |
| 3 | Bayern Munich | 860.6 | 会員75%+企業3社 | 企業への少数株の売却 |
| 4 | Paris Saint-Germain | 837 | QSI(カタール)中心 | オーナー出資、投資ファンドの少数出資 |
| 5 | Liverpool | 836.1 | FSG(米国)中心 | オーナー出資・貸付、投資ファンド |
| 6 | Manchester City | 829.3 | ADUG中心 | オーナー出資、投資ファンド※ |
| 7 | Arsenal | 821.7 | Kroenke家 | スタジアム融資(のちにオーナーが返済) |
| 8 | Manchester United | 793.1 | Glazer家中心 | 買収時の借入 |
| 9 | Tottenham Hotspur | 672.6 | ENIC(Lewis家) | スタジアム融資 |
| 10 | Chelsea | 584.1 | BlueCo | オーナー貸付 |
出典: Deloitte Football Money League 2026
※ Manchester Cityについては、2026年9月29日、Premier Leagueの独立委員会が過去の財務規則違反を認定した。クラブは上訴を提出しており、制裁は未決定である。本記事ではこの認定を、成長や失敗の理由としては扱わない。
この表を読むときに、ひとつ知っておいてほしいことがある。
売上という数字には、ときどきオーナーの関連企業からの収入が含まれていることがある。PSGは2014年、UEFAとの合意で、関連企業(カタール観光庁)との契約の公正価値を、クラブの申告を大きく下回る額と評価された。Manchester Cityの先の認定も、収入の計上方法が争点の一つになっている。
つまり売上は、「資本が何に変わったか」を測るのに今のところ一番使いやすい数字ではある。でも、その数字自体が、資本の言い換えになっている場合がある。この限界を抱えたまま、この先を読んでほしい。
資本は、何に変わったのか。3つのクラブを見る
ここから、3つのクラブを詳しく見る。見るのは、資本が入った後に何が起きたかという過程だ。
各クラブは、次の順番で整理する。
資本が入る前にあったもの → 入った資本 → それが何に変わったか → 何が変わったか/何が残ったか
資本が入る前の話は短く触れるだけにとどめる。そこを詳しく見るのは、次の記事の役目だ。
Case A: Liverpool — 借金で傷んだクラブに、新しい仕組みが来た
資本が入る前 Liverpoolは、前のオーナー(Hicks・Gillett)の時代に借入が膨らんだ。2010年、債権者との間で高等法院まで争いになり、売却を強いられている。
入った資本 2010年10月、米国の投資グループFSG(当時NESV)が、クラブの評価額約3億ポンドで買収した。この買収により、前のオーナーがクラブに負わせていた買収資金の借入は、すべて解消された(クラブ公式)。その後、FSGはメインスタンドの建設などのために貸付をしたと報じられている。2021年には投資会社RedBirdが、親会社であるFSGに約5億3,800万ポンドを出資したと報じられている。2023年にはDynasty Equityが、Liverpoolの少数株主となった(FSG公式発表)。
何に変わったか 資本は、まずデータを読む専門部署に変わった。2012年、物理学の博士号を持つIan Grahamらが招かれ、データでサッカーを見る組織ができた。資本はまた、スタジアムの拡張(Anfield Roadスタンド、収容6万人超と報じられる)と練習施設にも変わった。
この変換を誰が担ったのか。Grahamを招いたのはMichael Edwardsとオーナーだったと報じられている。Edwardsは2016年にスポーツディレクターとなり、2024年3月には、FSG側の役職であるCEO of Footballに就任した(FSG公式発表)。所有する側と、変換を実行する側は、ここでもはっきりとは分かれていない。
| Liverpool | |
|---|---|
| 誰が持つか(Ownership) | FSG(米国)が多数 |
| 誰が決めるか(Governance) | FSGが経営陣を選任 |
| 誰が実行するか(Management) | オーナーが招いた経営・データ部門(オーナー側の役職を兼ねる人もいる) |
何が変わったか/何が残ったか データ部門も、拡張したスタジアムも、練習施設も、クラブという法人の中にある。クラブの発表では、2024/25年度の売上は7億300万ポンドで過去最高だった。前のオーナー時代の借入は解消され、所有は新しいオーナーへ移った。
Case B: Real Madrid — 会員クラブが、土地と将来の収益を資本に変えた
資本が入る前 Real Madridは会員が所有するクラブだ。古くからのサポーター基盤と、欧州有数のタイトルの歴史を持っていた。スタジアム(Santiago Bernabéu)は1947年の開場以来、クラブ自身が所有している。
入った資本 2000年、Florentino Pérezが会長に就任した時点で、クラブには約2億8,000万ユーロの債務があった(UEFA公式記事)。同年、マドリード州議会が旧練習場の用途変更を承認した。2001年、クラブは土地の一部を行政に譲渡したうえで、残りを売却した。売却額は推定約4億4,000万ユーロとされ(UEFA公式記事)、この売却で債務は解消された。
スタジアム改修のための資本は、これとは別の時期に、別の形で入っている。2018年9月の臨時総会が改修計画を承認し、2019年にJPモルガン・バンクオブアメリカとの間で5億7,500万ユーロの融資(30年、固定金利2.5%)に合意した。その後も総会は追加の借入枠を承認し、報道では総額12億ユーロを超えるとされる。
さらに2022年5月、投資会社Sixth Streetは、スタジアムの新しい事業の運営に20年間参加する権利と引き換えに、クラブへ約3億6,000万ユーロを支払う契約を結んだ(Sixth Street公式発表)。これは融資ではなく、将来の事業収益の一部を先に現金化する契約である。
何に変わったか 債務が解消され、その後クラブは世界的なスター選手を次々に獲得していった。改修のための融資は、スタジアムの改修に充てられた。改修後のスタジアムは、試合のない日もイベント会場として収入を生む設計になっている。
この一連の交渉を進めてきたのは、会員の直接選挙で選ばれた会長、Florentino Pérezだ。2026年6月の選挙でも約65%の票を得て再選された。大きな借入などの決定は、会員代表による総会が承認する。
| Real Madrid | |
|---|---|
| 誰が持つか(Ownership) | 会員組織 |
| 誰が決めるか(Governance) | 会員が選挙で会長を選ぶ。借入などの大きな決定は会員代表の総会が承認する |
| 誰が実行するか(Management) | 会長と理事会 |
なお2025年11月、クラブは子会社をつくり外部投資家に5〜10%を持たせる案を示した。議決権は会員が維持する設計で、その後の会員投票の結果はまだ確認できていない。
何が変わったか/何が残ったか 旧練習場の土地は手放された。スタジアムは、以前からクラブの所有であり続けている。2024/25シーズンの売上は約11億6,100万ユーロで、世界最高額だった。会員による所有の構造は、今のところ維持されている。
Case C: Chelsea(Abramovich期) — オーナーの貸付が、選手と練習施設に変わった
資本が入る前 2003年のChelseaは、タイトルを得ながらも、発行していた債券(7,500万ポンド)の支払いに窮していたと報じられている。
入った資本 2003年7月、ロシアの実業家Roman Abramovichが約1.4億ポンドで買収し、約8,000万ポンドの既存債務も引き受けた。以降、クラブへの貸付という形で資本が投じられ続けた。報道によれば、その累計は約15億ポンドにのぼるとされる。
何に変わったか 資本は、選手の獲得に変わった。2004/05シーズン、Chelseaは実に50年ぶりとなるリーグ優勝を果たす。2012年と2021年には欧州チャンピオンズリーグも制した。同時に、練習・育成施設(Cobham)の建設にも資本は向かい、2007年に正式に開設されている。
| Chelsea(Abramovich期) | |
|---|---|
| 誰が持つか(Ownership) | Abramovich個人(関連会社経由) |
| 誰が決めるか(Governance) | オーナー本人 |
| 誰が実行するか(Management) | オーナーの指示のもとでの経営陣 |
所有と決定が、同じ一人の手の中にあった。資本の出し手と、変換を実行する主体は、ここでは分かれていない。
何が変わったか/何が残ったか タイトルの歴史と、Cobhamの練習・育成施設は、クラブの中に残った。一方で2022年、Abramovichは売却を表明し、クラブへの貸付の返済を求めないと発表した。売却で得た約25億ポンドは、英国の銀行口座で、制裁に基づいて凍結されている。資金は、制裁の対象となったAbramovich側の会社に属したまま、移転が止まっている。2025年12月、英国政府は財団への移転を可能にするライセンスを発行した。本記事の執筆時点(2026年10月)で、移転が完了したという公式の発表は確認できない。
2022年以降、クラブは新しいオーナー体制(BlueCo)のもとにある。2025年にはFIFAクラブワールドカップで優勝した。
資本は、何と引き換えだったのか
Article #0は、こう問いを残していた。外部の力を借りるとき、クラブは何を渡し、何を残すのか。
3つのクラブの事実を、そのまま並べてみる。
Liverpoolは、前のオーナー時代の借入が解消されると同時に、クラブの所有そのものが新しいオーナーへ移った。データ部門とスタジアムは、クラブの中に残った。
Real Madridは、旧練習場の土地と、スタジアム事業の将来収益の一部を手放した。会員による所有の構造と、会長を選ぶ権利は、今も会員の手の中にある。
Chelsea(Abramovich期)は、所有と大きな意思決定を、オーナー一人に委ねる形で資本を得た。タイトルの歴史と練習施設はクラブに残った。2022年の売却代金は、制裁に基づいて英国の銀行口座で凍結されており、本記事の執筆時点で、財団への移転が完了したという公式の発表は確認できない。
何を渡し、何を残すのが正しいのかは、この3つの事実からは言えない。渡したものも、残ったものも、クラブごとに違っていた。
説明しきれないクラブたち
上位10クラブには、ここまでの整理に当てはまりきらないクラブもある。
Paris Saint-Germain 2014年、UEFAはカタール観光庁との契約の公正価値を、クラブの申告を大きく下回る額と評価した。売上という数字の中に、どこまでが「変換の成果」で、どこまでが出し手からの別ルートの資金なのか、外から見分けるのは難しい。
FC Barcelona 2021年12月、会員の87.8%が最大15億ユーロの資金調達を承認した。会員による主体的な決定は、はっきりしている。クラブはまた、将来のリーグ放映権収入の一部を、25年分まとめて外部企業に売却している。
Manchester United 2005年の買収で、約5億2,500万ポンドの借入がクラブ自身に負わされた。この構造が続く中でも、クラブの商業部門は売上上位8位(2024/25、Deloitte集計)を保ち続けている。
Manchester City 2026年9月、独立委員会は過去の財務規則違反を認定した。クラブは上訴を提出しており、制裁はまだ決まっていない。この記事では、この認定を成長や失敗の理由として扱わない。ただ、売上という指標そのものが争われているクラブがある、という事実として記しておく。
4つのクラブは、それぞれ違う理由で、ここまでの3つのクラブと同じ見方では整理しきれない。
まだ終わっていない問い
ここまで見てきた7クラブの事実は、一つの法則には収束しない。
Liverpoolでは、資本が組織と施設に変わり、クラブの中にある。Real Madridでは、2001年の旧練習場の土地売却で債務が解消された。スタジアム改修のための資金は、それとは別に、総会が承認した融資として入った。Chelseaでは、タイトルの歴史と練習施設がクラブに残り、2022年の売却代金は制裁に基づいて凍結されている。
Barcelonaは将来の放映権収入の一部を先に現金化しており、売上の上位にある。
資本は、確かにクラブを加速させた。しかしその加速の先で何が起きたかは、クラブごとにまったく違う。「資本さえあれば大きくなれる」という考え方は、この7つの事実のどれにも、きれいには当てはまらない。
この先、Manchester Cityの上訴の結果や、Real Madridの会員投票の結果が出れば、この地図はまた塗り替わるだろう。資本の行き先をめぐる問いは、まだ閉じていない。
あなたの手元にも、今、何かが残っているかもしれない。大きな資本が入る前から、そこにあったもの。
大きな資本がクラブを変えたことは確認できる。
しかし、その資本が入る前、そのクラブにはすでに何があったのか。





