FC BASARA HYOGOと共創パートナー企業、そしてSPOENが三者で始めたFOOD BALLという実験は、まだ答えの出ていないところで、前号を終えた。
店舗基盤ができ、延べ874人の来店実績が記録された。けれど、その小さな消費の積み重ねが、クラブ経営を支えるほどの経済圏になるのかどうかは、まだわからない。
一つの現場での、食を起点にした実験だった。
本号では、視点を広げる。食から、移動へ。一つの店舗から、観戦旅行や遠征、大会へ。
スポーツは、人を動かす。観戦のために、遠くから人がやってくる。大会のために、人々が旅をする。
けれど、人が動いたというだけで、地域の経済循環が生まれたと言えるのだろうか。
Issue #002はここまで、スタジアムの中と外の経済がどうつながっているか、施設が街の一部になりうるか、観戦客が地域の客に変わる分断はどこにあるか、そしてその分断を現場でつなごうとする実験を見てきた。
本号が見るのは、もう一段大きなスケールの移動だ。試合当日の人の流れではなく、宿泊を伴う観戦旅行や遠征、大会によって生まれる移動である。
動き出した誘客
その移動を日本へ、あるいは地域へ呼び込もうとする動きは、すでにいくつも動き出している。
パシフィック・リーグ6球団は2025年、訪日外国人向けのチケット販売サービス「Tickets in Japan」を稼働させた。英語・繁体字中国語・韓国語に対応し、クレジットカードに加えApple PayやGoogle Payといった国際的に普及した決済手段を備える。パ・リーグの発表によれば、インバウンド向けの販売数は、すでに前年の年間実績を上回っているという。
Jリーグは2025年4月、JTBとサポーティングカンパニー契約を締結した。サッカー観戦と地域の観光・食を組み合わせた旅行商品や、地域周遊コンテンツの開発を、両者で進めるとしている。
これらはいずれも、複数のリーグや事業者が、訪日客をスポーツの現場へ呼び込もうとする取り組みを進めている、という事実である。どの取り組みがどれだけの規模を持つのか、業界全体としてどこまで広がっているのかは、今回参照した資料だけでは判断できない。
はっきり言えるのは、「呼ぶ」側の動きは、確かに始まっているということだ。
観戦は、より長い滞在と結びついている
では、その移動は、実際にどれだけの規模を持つのだろうか。
2019年に日本で開催されたラグビーワールドカップは、この問いに手がかりを与えてくれる。
観光庁は大会期間中の2019年10月から11月にかけて、成田・羽田・中部・関西・福岡・那覇の各空港で、訪日外国人旅行者4,409人に聞き取り調査を行った。
その結果、大会を観戦した旅行者の1人当たり旅行支出は38万5千円だった。観戦しなかった旅行者の15万9千円と比べて、約2.4倍にあたる。宿泊日数も、観戦した旅行者が13.3泊だったのに対し、観戦しなかった旅行者は8.2泊だった。
この数字は、観戦が支出や宿泊日数を「増やした」ことを直接証明するものではない。もともと長期滞在を計画していた層が、大会観戦を選んだ可能性もある。だが少なくとも、スポーツ観戦を伴う訪日旅行では、観戦を伴わない旅行と比較して、より長い宿泊日数と、より大きな旅行支出が確認された、とは言える。
観戦者数だけを見ていては、この違いは見えてこない。
動いたあとで、何が起きているか
問題は、その先だ。
人が長く滞在するようになったとして、その滞在は、地域のどこにどう流れているのだろうか。
総務省は、ラグビーワールドカップ2019の開催都市と、公認チームキャンプ地の候補となった自治体、合わせて54団体にアンケート調査を行っている。
その結果、67%の自治体が、大会期間中に観光産業等と連携した取り組みを行っていた。商店街や観光協会と協力した地域のPR、宿泊施設への多言語パンフレットの配布、観光関連事業者向けのインバウンド受入講座など、内容はさまざまだ。
一方、宿泊者数の増減率や、経済効果の具体的な数値を把握・算出した(または算出する予定だった)と回答した自治体は、37%にとどまった。効果を数字で把握・算出していた、または算出を予定していたこの37%の自治体のうち、7割は「地域経済の活性化」や「観光振興」を、開催都市または公認チームキャンプ地候補への立候補理由に挙げていた。
これは、大会に立候補した54の自治体という、限られた集団を対象にした調査である。日本全国の地域に、そのまま当てはめられる数字ではない。ただ、大会に開催都市や公認チームキャンプ地候補として関わった自治体でも、連携の取り組みと、効果を数字で把握する取り組みの間には、差があったという事実は残る。
測定とは別に、受け入れる現場にも課題はあった。
新たにスタジアムを整備した岩手県・釜石市は、本大会の前に行われたテスト大会で、観客輸送や医療救護、ファンゾーンの運営を試している。輸送はおおむね順調だったが、会場内の多言語対応に課題が見つかった。本番では、翻訳機を用意することで対応したという。
呼ぶ準備と、受け止める準備は、必ずしも同じ速さでは進まない。
「来てもらう」と「関係が続く」は違う
総務省はもう一つ、別の文脈で使われてきた言葉を持っている。「交流人口」と「関係人口」だ。
交流人口とは、観光などの目的で、一時的にその地域を訪れる人を指す。関係人口とは、移住した定住人口でも、観光に訪れただけの交流人口でもなく、特定の地域に継続的に、多様な形で関わり続ける人を指す。
この整理は、もともと地方創生の文脈で使われてきたものであり、スポーツツーリズムを念頭に置いたものではない。スポーツ観戦客をそのまま「交流人口」、再訪する観戦客をそのまま「関係人口」と言い換えられるほど、単純な話ではないだろう。
けれど、ここまで見てきた事実は、この二つの違いを思い起こさせる。
観戦客を呼び込む施策は、動き出している。観戦を伴う旅行では、より長い滞在と大きな旅行支出も確認されている。ここまでは、一度来てもらうまでの話だ。
だが、その人が来年も同じ地域を訪れるかどうか、その地域と何らかの形で関わり続けるかどうかは、また別の問いである。一度来てもらうことと、関係が続くことは、同じではない。
移動が、経済循環になるとき
ここまでの材料を並べてみる。
呼び込む施策は、複数のリーグや事業者で動き出している。観戦を伴う旅行は、より長い滞在と結びついている。受け入れ側でも、連携の取り組みは確認できる。測定とは別に、受け入れる現場の課題も見えた。
複数の領域で取り組みは始まっている一方、その整備状況や効果把握にはばらつきがある。
スポーツは、人を動かす。しかし、人が動いただけでは、地域経済にはならない。
人が来た。宿泊した。何かを消費した。ここまでは、来場者数や宿泊日数として、数えることができる。
けれど、それだけでは、その移動が地域の経済循環になったかどうかは、まだ判断できない。
その人がどこへ行ったのか。何にお金を使ったのか。そのお金が地域のどこに残ったのか。そして、その経験が、次の来訪や、地域との関わりへどうつながったのか。
ここまで見なければ、「来場者数」のその先で、地域に何が起きているのかは、見えてこない。
あなたへの問い
人を呼ぶことと、その人が地域に何を残していったかを知り、次につなげること。この二つの間には、まだ距離がある。
その距離を、誰が、どうやって埋めるのだろうか。





