スタジアムグルメを求めて、人は財布を開く。
あるJリーグ観戦で、SPOEN代表・中川はその場面を目にした。選手がおすすめする食べ物やメニューを、ファンが探すように買い求めていた。普段なら飲み物と軽食を一品ほどで済ませる人が、その日はおすすめのスイーツや商品まで、追加で手に取っていた。
そこで、一つの疑問が浮かんだ。
なぜ、この体験はスタジアムを出た瞬間に終わってしまうのか。
前号で、SIMは一つの"つなぎ目"の不在を診断した。人が来ることと、街でお金が使われることの間にある、情報の分断だ。足りていないのは建物ではなく、誰が、誰に、いつ、何を伝えるかという設計だと書いた。そして、「その手前で、すでに現場に立って、試している人たちがいる」と結んだ。
FOOD BALLは、その現場の一つである。
スタジアムを出た帰り道にも、食事はある。試合帰りにラーメンを食べる人へ、もう一食食べてもらう必要はない。どうせ食べるのなら、「この店で食べると、自分のクラブの応援になる」という理由で、店選びが変わるかどうかを確かめる。新しい消費をつくるのではなく、すでにある日常消費の"行き先"を変えられないか、という仮説である。
FC BASARA HYOGOと共に、この仮説は2026年、実際の店舗と、実際の数字の中で試され始めている。
なぜFOOD BALLは生まれたのか
FOOD BALLは、一つのひらめきから始まったわけではない。三者が抱えていた、それぞれ別の課題が重なる場所から生まれている。
FC BASARA HYOGO代表の岡良一氏は、始める前の課題をこう振り返る。
「1番の課題は収入と認知 応援してくれる方をどうやって増やすか」
GMの大津直人氏も、同じ地点から出発していた。認知度をどう上げるか、どうファンを増やすか。そのうえで、地域との関わりをどう増やすか。従来型のスポンサー営業とは別の道を探していた。
一方、企業側にも、飲食店との新しい接点をどう広げるかという事業上のテーマがあった。
SPOENにとっては、企業の課題をスポーツとの共創で解くという事業モデルを、具体的な形にする必要があった。しかも一クラブだけで終わらせず、他地域・他クラブへ展開できるサービスにしたい、という狙いもあった。
認知と収入に悩むクラブ。新しい接点を模索する企業。事業モデルを実装したいSPOEN。一つの課題を一社が解決したのではない。三者がそれぞれの課題を模索する中で、その解決策が重なる場所が見つかった。それがFOOD BALLの生まれ方だった。
岡代表は、始まった当初の気持ちをこう語る。初めての試みだったから、楽しみだった。ただ、クラブ自身がこの取り組みにコミットすることには、少し不安もあった。実際の店舗営業は、SPOENによる電話でのアプローチ支援に助けられたという。
営業についても、岡代表はこう話している。
「お互いにメリットがある提案なので、他の営業よりかは提案しやすい」
店舗基盤ができるまで
では、その営業は、実際にどこまで進んだのか。
2026年4月2日から9月5日までの営業ファネル集計によれば、FOOD BALLの営業チームは3,251件の飲食店にアプローチした。商談に進んだのは1,536件。申込みに至ったのは152件。そのうち72店舗が成約し、9月5日時点で52店舗がサービスイン、20店舗がサービスイン待ちとなっている。残る申込みのうち、53件は申込後失注、27件は仕掛かり中だ。
数字だけを見れば、「3,251件から52店舗」は、歩留まりの低い営業活動に見えるかもしれない。だが、この記事ではその見方を採らない。3,251件から72件の成約までの間には、1,536件の商談、152件の申込みという、地域経済循環を現場で実装していく一つひとつの工程がある。「店舗を獲得した」という一文には、この工程は写らない。
申込みの理由についても、SPOENの社内集計が残っている。申込み152件を分母とした集計では、最も多かった回答は「台帳や予約機能にメリットを感じた」で54.8%、次いで「取り組みや集客に魅力を感じた」が38.7%、「成果報酬や広告費削減などの費用面」が4.5%、その他が2.0%だった。回答形式(単一回答か複数回答か)については、本稿執筆時点で確認できていない。
それでも、この数字から見えてくるものはある。店舗が参加を判断する背景には、スポーツへの共感だけではなく、実務上の価値や集客への期待といった、異なる理由が存在しているということだ。
一方で、失注した3,099件の理由も、同じくらい率直だ。最も多いのは「忙しい・キーマン不在・興味なし」で1,715件。「他社サービスを利用している」522件、「集客に困っていない」413件、「費用をかけたくない」225件、「予約を取っていない・必要ない」224件と続く。
「良い取り組みなら、店は参加する」という単純な物語は、ここでは成立しない。店舗オペレーション、既存の予約サービス、集客の必要性、費用。飲食店経営の、ごくふつうの事情が、導入するかどうかを左右している。
店を増やすことは、目的ではなく、条件である。
延べ874人の来店が記録された
それでも、店舗基盤の先で、実際に何が起きているのか。
2026年5月1日から8月31日までの間に、FOOD BALL加盟店では延べ874人の来店が記録されている。営業活動の集計とは別に、SPOENが把握している利用実績である。延べ人数であり、重複のないユニークな来店者数を示すものではない。
加盟店の数もこの間に伸びている。2026年8月5日時点で40店舗だったサービスインは、1か月で12店舗増え、9月5日時点では52店舗になった。ただし、延べ874人という来店実績の対象期間は5月1日から8月31日までであり、9月5日時点の52店舗を分母にした店舗あたりの平均のような計算は、この記事では行わない。
重要なのは、店舗基盤の拡大と並行して、実際の利用がすでに発生しているという事実そのものである。店を集めただけで、まだ何も動いていない段階ではない。
ただし、延べ874人という数字が語れることには、明確な限界がある。この来店が、どの導線から生まれたのか。FOOD BALLの仕組みを理由に店を選んだ人がどれくらい含まれているのか。初回来店とリピート来店の比率はどうなっているのか。利用は特定の店舗に偏っているのか、それとも広く分散しているのか。今回のデータからは、これらを確認できない。
延べ874人の来店が記録されたことと、FOOD BALLがファンの日常の店選びを変えたことは、同じではない。前者は確認できたFACTであり、後者はまだ検証されていない仮説のままである。
利用は、始まった。しかし、実験としての答えは、まだ出ていない。
クラブの現場から
その現場で、実際に何が起きているのか。
大津GMにとって、FOOD BALLの第一印象は「面白い発想」だった。同時に、クラブ側で営業を担う人材を確保できるか、不安もあったという。
「営業はすごく難しく感じていました。」
大津GMは、そう振り返る。加盟店の店舗紹介のために、動画撮影に同行した経験も語っている。
「想像以上に店主はノル気でした。」
「動画撮影に行く店とは、すごく良い関係を作れた実感があります。」
営業の難しさと、現場で生まれた店主との関係。この二つは、同時に存在している。
では、その関係は、ファンにまで届いているのか。この問いに対する二人の答えは、一致している。
岡代表は、地域店舗との関係について「まだ実感を得れてないです。」と話す。ファンへの浸透についても、「まだ届いてないと思います。」
大津GMも同様だ。「まだ全く届いていないと思います。」
店舗基盤ができ始めたことと、それがファンの日常に届いていることは、まったく別の段階にある。二人はそれを、隠さずに認めている。この認識は、延べ874人の来店実績と矛盾しない。利用が発生していることと、それが文化として浸透していることは別だという、この記事の論点を、二人の言葉が裏づけている。
それでも、二人が語る先には、共通した願いがある。
岡代表は、こう語る。「収益だけでなく その店がバサラのコミュニティーの場になる様な そんな空間な店を増やしていけたら良い」
大津GMは、数年後の目標として「BASARA JACK」を掲げる。地域の飲食店の多くがFOOD BALLに加盟する状態だ。「BASARAがやることは全部面白い。と話題になって欲しい」とも語る。
いずれも、まだ実現していない。願いであり、目標であって、確認された成果ではない。
ある加盟店にとってのFOOD BALL
店の側は、この話をどう受け止めているのか。
FOOD BALLに参画する加盟店の一店のオーナーに、電話で話を聞いた。普段から多くの営業を受けており、そのほとんどを断っているという。FOOD BALLの話を最初に聞いたきっかけは、営業担当者の熱意と人柄だった。
ただし、参加を決めた理由は、それだけではない。このオーナー自身、システム関連業務に携わった経験があり、複数の予約経路を抱える飲食店にとって、予約情報がリアルタイムに反映される仕組みには、実務上のメリットを感じたという。
もう一つ、このオーナーには過去の経験がある。FOOD BALLとは別の文脈で、著名人をきっかけに来店したファンが、その後も通い続けてくれたことがあった。また、店の中で、それまで面識のなかったファン同士が出会い、交流が生まれたこともあったという。
この経験から、クラブのファンに店を紹介するという発想そのものには、可能性を感じている、とオーナーは話す。
ただし、ここは注意深く書く必要がある。
これは、FOOD BALLによって既にBASARAファンが来店した、という話ではない。FOOD BALLの加盟店が、すでにファンコミュニティーの場になった、という話でもない。過去の別の経験から生まれた、オーナー自身の期待であり、可能性の認識である。FOOD BALLが実際にそれを起こせるかどうかは、まだこれからの話だ。
少なくとも、このオーナーにとっては、参加理由を「応援したいから」という一言だけでは説明できない。システムの実務価値、営業担当者との人間関係、そしてクラブとファンの関係性への期待が、重なっている。これは、あくまで一店舗の経験であり、加盟店全体の傾向を示すものではない。
まだ、届いていない
ここまでを整理する。
店舗基盤は動き始め、延べ874人の来店も記録された。クラブと店舗の間には、動画撮影を通じた新しい関係も生まれている。
しかし、ここから先は、まだ答えが出ていない。
SPOEN側では、一般のファンへの浸透はまだ十分ではないと見ている。岡代表もGMも、口を揃えてそう認めている。利用が発生していることと、それが一般ファンに文化として届いていることは、別の話である。
一般ファンは、本当に日常の店選びを変えるのか。「この店で食べればクラブの応援になる」という理由は、行動を変えるだけの十分な動機になるのか。選手やクラブによる店舗紹介は、どの程度の送客を生むのか。加盟店が増えたとき、それはクラブを中心とした地域ネットワークへ育つのか。そして、FOOD BALLは単なるサービスを超えて、ファンの日常に溶け込む文化になれるのか。
延べ874人という利用データが生まれたことで、問いはより具体的にもなった。その来店は、どの導線から生まれたのか。FOOD BALLの仕組みを理由に店を選んだ人はどれくらいいるのか。初回来店とリピートの比率、店舗ごとの偏りはどうなっているのか。そして、この規模は、店舗にとって継続する価値があり、クラブ経営を支えるだけの持続的な収益へつながる規模なのか。
これらのどれ一つとして、今回のデータから答えを引き出すことはできない。
店舗という「入口」と、延べ874人の来店実績はできた。だが、ファンの日常への浸透という「出口」がどこまで開いているのかは、まだ見えていない。この二つを混同しないことが、この実験を正しく見るための、最初の条件だと思う。
四方よしという合格ライン
では、FOOD BALLにとっての「成功」とは何か。
SPOENが置いている基準は、店舗数だけではない。ファンにとっては、クラブが試合の日だけでなく、日常生活の中にも存在すること。店舗にとっては、実際の送客が生まれ、クラブとの関係に経済的・コミュニティ的な価値があること。クラブにとっては、それが継続可能な収益源となり、地域との接点やファンとのつながりが深まること。共創パートナー企業にとっては、サービスの拡大など、事業として参加する価値があること。
この四者すべてに価値が返る状態を、SPOENは「四方よし」と呼んでいる。1クラブあたり300店舗という数字も、この文脈の中にある将来的なターゲットであって、達成済みの実績ではない。
そして、失敗の基準も、同じくらいはっきりしている。
FOOD BALLは、「地域のためだから、赤字でも続ける」という事業ではない。クラブに価値が返らない。店舗に送客価値がない。共創企業に事業上の価値がない。ファンが利用しない。継続コストが収益を上回る。こうした状態のいずれかが続くなら、それは社会的な意義とは別に、ビジネスとしては失敗だとSPOENは考えている。
誰か一者の善意や負担だけで支えられる仕組みは、長くは続かない。それは、この実験が最初から前提にしていることだ。
終章 まだ、答えは出ていない
いま確認できているのは、店舗基盤ができ、延べ874人の来店実績が記録された、というところまでである。
ここから先に残る問いは、大きく二つある。
一つは、この小さな消費の積み重ねが、本当にクラブ経営を支えるほどの経済圏になるのかということ。もう一つは、FOOD BALLが、ファンの日常に溶け込む新しい文化になれるのかということ。
まだ、その答えは見えていない。見えていないからこそ、SPOENはこれを実験として続けている。
店舗基盤をつくり、利用が生まれ始めたところまでは、動いた。しかし、その利用が一時的なものではなく、ファンの日常消費の行き先を変え続けるのか。そして、それがクラブ・店舗・共創企業・ファンの四者にとって持続可能な経済循環になるのかは、まだ検証の途中にある。
あなたへの問い
もし、あなたの街のクラブが同じ実験を始めたら、あなたの店選びは変わるだろうか。
変わるとしたら、それはどんな理由からだろうか。
その答えは、FOOD BALLがこれから確かめようとしていることと、同じかもしれない。





