スタジアムの完成は、いつも祝福される。
だが、その2万人の賑わいが消えた翌朝、街には何が残るのか。この問いに、まだ明確な答えを出した都市はない。
Issue #002の前号では、「スポーツが生む人の流れは、本当に経済循環へ接続されているのか」という問いを投げかけた。経済効果という数字の中身が、実は誰にもよく見えていないという指摘だった。
本稿は、前号で投げかけた問いを、二つの実例から別の角度で追う。「その構造を変えようとしている実例は、すでにあるのか」という問いに、二つの現場から答える。
エディオンピースウイング広島(以下、ピースウイング広島)と、長崎スタジアムシティ。どちらも「試合のない日にも人が集まる」ことを、最初から設計に組み込んだ施設だ。
結論を急がずに言えば、二つの事例は、まったく逆の戦略を取りながら、どちらも「まだ完成していない」。
Why:なぜ「試合のない日」を問うのか
J1リーグのホームゲームは、通常年間20試合前後。カップ戦などを加えても、試合開催日は365日の一部にとどまる。
スタジアムという巨大な資産が、1年の大半を空けて存在する。これは長らく、日本のスポーツ施設が抱えてきた構造的な弱点だった。
だから近年、新しく建てられるスタジアムは、試合のない日の使い道を、はじめから設計に組み込むようになった。ピースウイング広島も、長崎スタジアムシティも、その流れの中にある。
ただし、ここで立ち止まりたい。「試合のない日に人が来る」ことと、「その人が地域の経済に接続される」ことは、別の話だ。
前者は施設の設計問題。後者は、施設の外側、つまり街との関係の設計問題である。本稿が見たいのは、後者だ。
Background:二つの施設が選んだ、まったく違う道
広島:公園の中に、街を呼び込む
ピースウイング広島は、2024年2月に開業した。場所は広島市中央公園。紙屋町・八丁堀という繁華街から徒歩圏内の、全国でも珍しい「街なかスタジアム」だ。
もともとこの公園は、丹下健三が1950年に描いた広島平和記念公園の設計思想――原爆ドームから続く「平和の軸線」上に、当時から競技場を置く構想があった場所だという。70年越しの計画が、ようやく形になった格好だ。
サンフレッチェ広島の本拠地は、以前は市中心部からバスで20〜25分かかる郊外にあった。移転によって、観客はまず街の中を通ってスタジアムへ向かうようになった。
2024年8月には、隣接エリアに商業施設「HiroPa」がオープンした。カフェ、キッズパーク、サウナ、BBQ施設。試合がない日でも、公園ごと楽しめる場所に変わりつつある。
開業から1年(2024年2月〜2025年1月)の来場者数は、約130万人。このうち試合観戦は約66万7,000人、それ以外の利用が約63万3,000人だったと報じられている。
この数字から確認できるのは、サッカー観戦以外の利用が相当数生まれていることだ。ただし、試合開催日と非開催日を分けた内訳は公開資料から確認できず、「試合のない日の集客」をこの数字だけで断定することはできない。
長崎:スタジアムを、街そのものにする
長崎スタジアムシティは、2024年10月に開業した。JR長崎駅から徒歩約10分、造船所の跡地に、約7.5ヘクタールの敷地を使って作られた。
主導したのは、通信販売事業を展開するジャパネットホールディングス。サッカー専用スタジアム、バスケットボール用アリーナ、ホテル、商業施設、オフィスビルを一体で開発した。総事業費は自己資金で約1,000億円規模とされる。
「サッカーの試合は年間20日程度しかない。だから、比較的収益が安定しやすい施設を一緒に集めて、シティ全体で黒字化させる」。運営側はそう説明している。
ホテルの客室は、約7割からスタジアムを見下ろせる設計だという。試合そのものより先に、「試合を見下ろせる部屋に泊まる」という体験そのものが商品になっている。
EYストラテジー・アンド・コンサルティングによる試算(2024年7月時点、長崎新聞報道)では、開業から1年間で約963億円の経済効果、年間約850万人の利用を見込むとされていた。いずれも開業前の予測値であり、実績ではない。開業1カ月で55万人、開業1年で延べ485万人が来場したとの報道がある。この「延べ485万人」は運営主体側の発表による施設全体の延べ来場者数であり、実際に訪れた人数(ユニーク数)や地域での消費額を示す数字ではない。
Challenge:人流は、どこで止まっているのか
ここからが本題だ。
二つの施設は、「試合のない日にも人を集める」ことに、それぞれ異なるやり方で応えている。広島は既存の街の中に施設を置いた。長崎は、街の機能そのものを施設の中に収めた。
問題は、その先だ。集まった人の消費は、施設の外――既存の商店街や飲食店――にまで届いているのか。
長崎市が策定した中心市街地活性化基本計画(第3期)は、長崎スタジアムシティ・長崎駅周辺・松が枝国際観光船埠頭・浜町等の伝統的建造物群保存地区を含む複合的なエリア(都市機能誘導区域、計約325ヘクタール)を対象に、「これらの拠点で生まれた賑わいが中心市街地全体へ十分に波及しているとは言い難く」「来訪者の回遊性の向上……は依然として課題」と公式に位置づけている。これは複数の集客拠点と中心市街地全体との関係を評価したものであり、長崎スタジアムシティ単独の経済波及が失敗した、あるいは波及していないと述べたものではない。
2025年1月の市長記者会見では、長崎市長が「スタジアムシティと駅の往復で終わっている」という状況について「私の印象ではございますけれども」と前置きした上で発言している。これは定量データに基づく結論ではなく、市長自身の所感だ。一方、担当部署(スタジアムシティ連携推進室)は、MaaSアプリ提供者STLOCALのデータから「浜町アーケードにも訪れてる方は一定いらっしゃる」ことを確認しており、回遊がまったく生まれていないわけではない。
長崎市は三方を山に囲まれた「すり鉢型」の地形で、坂道が多い。移動そのもののコストが高い、という物理的な事情も指摘されている。
この課題に対し、長崎市自身も具体策を講じ始めている。2025年シーズンから、長崎駅・スタジアムシティと浜町アーケード・出島(中華街)を結ぶ無料シャトルバスの運行を開始し、2026年度はキックオフ3時間前からの運行に拡充する。あわせて2026年度予算では、県外からのアウェー観戦者向けの延泊補助や、市内回遊スタンプラリーの実施も計画されている。2025年夏に実施された、市内の商業施設5社による合同買い回りキャンペーンも、同様に回遊を後押しする試みの一つだ。
つまり、施設内には明確な賑わいが生まれており、浜町などへの回遊も一定数確認されている。その一方で、長崎市は中心市街地全体への波及・回遊性の向上を継続的な課題として公式に位置づけており、波及の規模や地域内消費額を示す定量データは、現時点では公開情報から確認できない。「接続されていない」と断定するのではなく、「回遊は生まれているが、その規模を検証する定量データは、まだ十分に整っていない」というのが、より正確な言い方になる。
広島については、状況がやや異なる。試合以外の来場者63万3,000人という数字は確認できるが、その内訳――近隣商店街を歩いた人なのか、公園内で完結した人なのか――までは、公開情報からは判別できない。HiroPa開業(2024年8月)以降の来場動向や周辺商業地への波及効果についても、本稿の執筆時点で検証可能な数値は見当たらなかった。
つまり、広島の「接続」は、長崎のように否定も肯定もされていない。単に「まだ測られていない」状態にある。
これは、前号(Article #0)が指摘した「経済効果という数字の中身が誰にも見えていない」という構造的な問題と、地続きだ。ただし、前号が問うたのは「そもそも共通の物差しがあるのか」という土台の話だった。本稿が見ているのは、その土台の上で「実際に何が起きているか」という、一段具体的な話である。
Action:つながりを、後から縫い直す試み
興味深いのは、両者ともに「接続を後から作ろうとする動き」を持っている点だ。
広島では、中央公園の広場エリアの運営に、NTT都市開発や地元企業が参加するPFI事業(公共施設の整備・運営に民間の力を使う仕組み)が組まれている。スタジアムの指定管理はサンフレッチェ広島、広場の運営は別の企業体、という役割分担だ。
この分業は、専門性を発揮しやすい一方、誰が「街とのつながり」全体に責任を持つのかが曖昧になりやすい構造でもある。
長崎では、前述の商業施設5社による合同キャンペーンに加え、長崎市・長崎商工会議所・浜町周辺の商店街が構成員となる「浜んまちエリアマネジメント協議会」という体制がすでに存在する(中小企業庁公開資料)。運営会社のリージョナルクリエーション長崎も、既存商業地との関係づくりを課題として認識していることが、複数の報道から読み取れる。行政・商業者・運営会社という異なる立場が、それぞれ「後から縫い直す」役割を担っている形だ。
街との接続は、いずれも開業前から構想されていた。だが、開業後も運用や施策を通じて更新・補強され続けている。接続は完成時点で終わる設計ではなく、継続的な運営課題だ。
Result:つながりは、まだ測りきれていない
ここで一度、整理したい。
長崎では、浜町への一定の回遊がすでに確認されている。ただし、その規模・滞在時間・地域内消費額を示す数字は、公開情報からは検証できない。長崎市が進める回遊促進策は、「波及していないことを認めた証拠」ではなく、中心市街地全体の回遊を継続的な政策課題として扱っている事実として読むべきだ。
広島も同様だ。サッカー観戦以外の利用者は確認できるが、その人たちが施設の外でどれだけ回遊し、消費したかは測定できていない。
問題は、「街との接続が設計の対象になっていなかった」と断定することではない。問題は、その接続の成果が、共通の指標で測定・公開されていないことだ。
Future:まだ、終わっていない
この記事を、希望のない話として終わらせたくはない。
広島のPark-PFI事業も、長崎のシャトルバス拡充・延泊補助・合同キャンペーンも、始まったばかりだ。効果が測られるのは、これからだ。
そのためにも、まず何を測るかを決める必要がある。来場者数は、地域経済への接続を測る指標としては、最初の一段階に過ぎない。来場者数→滞在時間→周辺への回遊→地域内消費→地域への還元、という段階を経て初めて、人の流れは地域経済循環に接続される。第三者が検証できる形で公開されているデータの多くは、この最初の「来場者数」の段階にとどまっており、それ以降の段階を示す数値は、両施設ともほとんど公開されていない。
施設の建築は完成した。しかし、「街との接続」という工事は、まだ続いている。むしろ、本当の設計はここから始まる、と言ってもいい。
だとすれば、次に問うべきは、「なぜ接続できていないのか」ではなく、「どうすれば接続できるのか」だ。
物理的な近さ(街の中にスタジアムを置くか)。施設の開き方(施設内で完結させるか、外へ開くか)。運営の組み方(誰が街全体の回遊に責任を持つか)。この三つの変数のどこを動かせば、観戦に来た人が、地域の客に変わるのか。
その具体的な仕組みを、次号では見ていきたい。
あなたへの問い
もしあなたの街に、大きな施設ができるとしたら。
その施設の設計図に、「隣の店まで人が歩いていく理由」は、描き込まれているだろうか。





