「では、この循環を設計し、つなぎ、回し続けるのは、誰なのか。」

前号は、この問いを残して終わった。

スポーツ・クラブが人を動かし、人の行動が地域経済に触れ、そこで生まれた価値の一部がスポーツへ還流し、再投資されて次の循環になる。SIMはこれをSPORTS ECONOMYと呼んだ。

だが、循環には、必ずどこかに最初の動きがある。人が動く前に、何かが、誰かを動かしている。

本号が見たいのは、その「最初の動き」がどこで生まれているか、である。

答えの候補として、まず浮かぶのはクラブだ。クラブはSPORTS ECONOMYの中心にいる。だが、本号が問いたいのは、もう半歩踏み込んだところにある。クラブは、この循環の「中心」であるだけでなく、「起点」でもあるのだろうか。

2026年、EY Japanと公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ(B.LEAGUE)は、この問いに近づく調査を相次いで発表した。クラブの経済的・社会的価値を初めて定量化し、その価値がどう生まれるかのメカニズムにまで踏み込んだ調査である。

この調査が示す事実と、SIMがそこから読み取る解釈を、明確に分けながら見ていきたい。

なぜ「起点」を問うのか

「クラブの価値は、売上だけで測れるか。」——Issue #002は当初、この問いでArticle #6を構想していた。だが、この問いだけでは、前号が残した「誰が、循環を設計し、つなぎ、回し続けるのか」という問いに、正面から答えたことにならない。

クラブの価値がどれだけ大きいかを示すことと、クラブがその循環をどこかで始めさせていることを示すことは、同じではない。前者は測定の話であり、後者は構造の中での役割の話だ。

本号が重視するのは後者である。SPORTS ECONOMYの循環——クラブ/スポーツ活動が人を動かし、人の行動が地域経済へ接続し、そこで経済価値が生まれ、スポーツへ還流し、再投資される——この循環の中で、最初の矢印はどこから伸びているのか。

手がかりの一つが、EY JapanとB.LEAGUEが2026年1月に発表した調査である。Bクラブが存在しない、人口動態が類似する都市との比較分析、およびB.ID会員向けアンケート(アリーナ外消費額・支払意思額)により、2024-25シーズンを対象に、1クラブ・1シーズンあたりの経済波及効果を127億円、社会的価値を182億円と試算した。

127億円、182億円。この数字自体は本号の主題ではない。本号が見たいのは、この規模の価値を生み出しているクラブが、その価値をどう生み出し始めているのか、という起点の部分である。

そのために、EY JapanとB.LEAGUEが2026年7月に発表した、もう一つの調査に手がかりを求めたい。今度は金額ではなく、価値が生まれていく過程そのものを分析した調査である。

「地域エンパワーメントモデル」という手がかり

2026年7月、EY JapanとB.LEAGUEは、複数のクラブを対象に、個人の行動・意識変化がどう地域へ波及するかを分析した追加調査を発表した。

明らかになったのは、「個人の充実感や行動変容が起点となり、経済・健康・コミュニティ・意識変化へと価値が拡大し、多様なステークホルダーを巻き込みながら地域全体へ波及していく」という共通の構造だった。EY Japan・B.LEAGUEはこれを「地域エンパワーメントモデル」と名づけている。

この調査結果自体は、「クラブが起点である」とは言っていない。「個人の行動変容が起点」だと述べている。クラブは、その個人の行動変容を生み出す何かに関わっている、というところまでが、この調査が示すFactである。

その「何か」を具体的に見るために、本号では二つの事例を取り上げる。茨城ロボッツと、琉球ゴールデンキングスである。

まだ答えの出ていない、意図的な仕掛け

2025年12月27日から2026年1月30日にかけて、茨城ロボッツは「水戸まちなかクエスト by IBARAKI ROBOTS」を実施した。主催は株式会社茨城ロボッツ・スポーツエンターテインメント単独(特別協力: 前田建設工業株式会社、株式会社GATARI)。B.LEAGUE×日本財団「スポーツ×地域課題解決のまちづくりモデル事業」の一環として行われた。

スマートフォンとイヤホンだけで体験できるMR(Mixed Reality)プラットフォーム「Auris」を使い、ロボッツの選手やダンスチームRDT、地元観光施設スタッフの音声案内にしたがって、水戸中心市街地の24スポットを巡る。指定スポットのうち3つを回るとイベント特典が、全スポットを完走すると限定デジタルカードがもらえる。

クラブが掲げる目的は明確だ。日常的に中心市街地への人流とにぎわいを生み出すこと。アリーナとまちの間に、試合の日だけでなく自然な人の循環をつくること。

重要なのは、この施策が当初「PoC(概念実証)」として明記されていた点である。第1弾は2026年1月30日に終了したが、3月からの水戸でのホームゲーム開催にあわせて再開され、「B.旅」との連携企画(クエストとB.旅の対象スポットが重なる4カ所を巡ると特典がもらえる企画)も加えた第2弾として、2026年5月31日まで継続実施された。一度きりの実験ではなく、シーズンの中で形を変えながら繰り返されている。ただし、本稿執筆時点(2026年9月)で、まちを歩きたくなる・立ち寄りたくなる仕掛けが実際に機能したかどうかを示す人流調査の結果は、公開情報からは確認できていない。

数年かけて育った、もう一つの起点

一方、琉球ゴールデンキングスの「キングス商店街」は、すでに数年の実績を持つ。

沖縄アリーナを拠点とするキングスと、冠企業の沖縄アリーナ株式会社、そしてコザ一番街商店街をはじめとする周辺店舗が「キングス商店街」を構成している。興味深いのは、その委員長を務めるのが、クラブ側の人間ではなく、一番街商店街青年会の親川雅矢会長だという点だ。

発足当初10店舗だったキングス商店街は、2023年時点で40店舗以上まで拡大したことが確認されている(それ以降、2025〜2026年時点の最新の店舗数は、本稿執筆時点で公開情報から確認できなかった)。

キングス商店街と沖縄アリーナは、「エンジョイ・オキナワ・シティ・デイ」というイベントを重ねてきた。2023年の開催時には、8,000人を超える観客を集めている。2024年1月の開催では、アリーナ内に「キングス商店街ブース」を設け、選手サイン抽選会、沖縄市料理飲食業組合による14店舗のフードトラック出店「沖アリグルメフェス」、ホテル宿泊者向けの商店街クーポン配布実験などを行った。

親川会長は、この取り組みについてこう語っている。「以前と違い、市外ファンの商店街認知度が向上した」。試合前後の来訪者増加によって、「活気が生まれ、積極的な意見が出るようになった」とも述べている。

起点は、設計できるのか、育つものなのか

茨城ロボッツと琉球ゴールデンキングス。どちらも、EY Japan・B.LEAGUEが「地域エンパワーメントモデル」の事例として挙げたクラブである。だが、二つの「起点」の姿は、かなり違う。

茨城ロボッツの水戸まちなかクエストは、クラブが単独で企画し、テクノロジーを使って意図的に設計した、まだ効果の出ていない実験である。「起点をつくろう」という意志は明確だが、それが本当に人を動かし、まちへの回遊につながるかどうかは、これからのデータを待つしかない。

琉球ゴールデンキングスのキングス商店街は、単発の施策ではなく、複数年にわたって育ってきた関係の積み重ねだ。しかも、その中心にいるのは、クラブそのものではなく、商店街側の人間である。クラブは、この起点を独占していない。

この違いは、一つの問いを浮かび上がらせる。「起点」とは、クラブが単独でつくり出せるものなのか。それとも、クラブが最初のきっかけを差し出し、地域の他の主体がそれを受け取って育てていくことで、初めて「起点」として機能し始めるものなのか。

茨城ロボッツの事例だけを見れば、前者のようにも見える。琉球ゴールデンキングスの事例を見ると、後者の要素が強い。

ここから先は、SIM編集部の解釈である

ここまでは、確認できた事実である。ここから先は、SIM編集部の解釈である。

二つの事例に共通しているのは、クラブが「最初の呼びかけ」を担っているという点だ。水戸まちなかクエストは、クラブが企画し、クラブの選手の声で、人をまちへ誘い出す。キングス商店街のブース設置・選手サイン抽選会・フードトラック出店・クーポン配布も、確認できた範囲ではいずれもキングスの試合やイベント開催にあわせて実施されている。

親川会長の「以前と違い、市外ファンの商店街認知度が向上した」という言葉は、示唆的だ。キングスの試合やイベントと商店街の取り組みが接続されるなかで、それまで商店街との接点が薄かった市外のファンにも、地域の店や活動を知る機会が広がっていることがうかがえる。

SIMは、ここから一つの解釈を示したい。クラブは、SPORTS ECONOMYという循環において、価値を測定される対象であるだけでなく、循環の最初の動きを差し出す「起点」でもあるのではないか。

ただし、これはEY Japan・B.LEAGUEの調査そのものが導いた結論ではない。両調査は、「個人の行動変容が起点」であり、クラブの活動がその個人の行動変容にどう関わっているかを、メカニズムとして描いているに過ぎない。「クラブが起点である」という言い方は、その記述を読んだSIM編集部の解釈であり、検証された学術的な結論ではないことを、ここで明記しておく。

また、茨城ロボッツの事例が示すように、クラブが起点を「つくろう」としても、それが必ず機能するとは限らない。起点は、クラブが意図すれば自動的に生まれるものではなく、地域の他の主体(商店街、自治体、企業)が応答して初めて、起点として機能し始める、というのが、二つの事例を比べた上でのSIMの現時点の理解である。

起点であることと、循環が回りきることは、別の話

ここでも、断定は避けたい。

茨城ロボッツの水戸まちなかクエストは、第1弾・第2弾と二期にわたって継続実施されてきたが、人流調査の結果は、本稿執筆時点でまだ公表されていない。まちを歩く人が増えたとしても、それが地域の消費に、そしてクラブへの還流に、実際につながるかどうかは、まだ何も証明されていない。

琉球ゴールデンキングスのキングス商店街は、店舗数の拡大や、市外ファンの商店街認知度向上という、変化の兆しは確認できる。しかし、その先——商店街で生まれた経済価値のうち、どれだけがクラブへ還流し、次の活動へ再投資されているのか——を具体的に示す数字は、今回参照した公開情報からは確認できなかった。

つまり、二つの事例はいずれも、「循環の最初の動きをクラブが差し出している」ところまでは確認できるが、「その循環が一周し、還流・再投資まで完了している」ことまでは、確認できていない。

これは、Issue #002がここまで繰り返し突き当たってきた壁と、同じ形をしている。FOOD BALL(記事3)も、地域消費が生まれる段階までは進んでいるが、還流・再投資の段階はまだ検証されていなかった。クラブという「起点」の話も、今のところ同じ地点に立っている。

起点であり続けるために

それでも、この二つの事例が示していることには、意味がある。

クラブは、少なくとも「最初の呼びかけ」を担うことができる存在として、すでに動き始めている。テクノロジーを使って意図的に仕掛けるやり方もあれば、数年かけて地域の主体と関係を育てるやり方もある。どちらが正解というわけではない。

問いは、この最初の動きを、一回限りのイベントで終わらせず、繰り返し起こし続けられるかどうかだ。水戸まちなかクエストは、第1弾を一度で終わらせず、ホームゲームの開催にあわせて第2弾へとつなげた。試みを繰り返そうとする動き自体は、すでに始まっている。ただし、それが実際に人を動かしたかどうかを示す人流調査の結果は、まだ公表されていない。キングス商店街は、数年かけて店舗数を4倍以上に増やしてきたが、それでもなお、その先の還流までは検証されていない。

クラブが循環の起点であり続けるためには、一度きっかけをつくることと、そのきっかけを地域とともに繰り返し育てていくことの、両方が必要なのかもしれない。

そして、クラブが起点として機能し始めたとき、その先で生まれる価値は、クラブや、そのクラブが根ざす地域だけの話にとどまるのだろうか。それとも、もっと大きな——地域経済、あるいは日本経済という単位で見たときに、何を意味するのだろうか。

その問いは、次号で考えたい。

あなたへの問い

あなたの街のクラブは、 試合の日に人を集める場所だろうか。

それとも、その一日をきっかけに、 人を街へ動かし、次の行動を生み出す存在だろうか。

あなたの街では、どんな循環が、クラブから始められるだろう。