SIM Issue #001 Final / Editor's Perspective
序章 ── 答えを急がなかった、10本の記事
Issue #001を始めるとき、私たちはひとつの問いを立てた。
「スポーツは、本当に社会を変えられるのか。」
大きすぎる問いだった。答えは、おそらく一つではない。それでも、私たちは急がずに、10本の記事を書いてきた。肯定的な事実も、慎重であるべき事実も、同じ姿勢で書くと決めていたからだ。
企業とスポーツの関係を見た。地域とクラブの関係を見た。アスリートと社会の関係を見た。三つの現場は、どれも違う場所にあった。違う人たちが、違う理由で、スポーツに関わっていた。
だが、書き終えて振り返ると、ひとつの問いが残った。
これらの現場で、実際に何が起きていたのか。共創は、どうすれば生まれるのか。
本稿は、その問いへの、現時点での編集部の答えである。同時に、答えきれなかった部分を、正直に書く。
第1章 ── 誰と誰が、つながったのか
Issue #001で描いた「つながり」を、並べてみる。
みんなの銀行とアビスパ福岡は、若年層への接点を求める企業と、地域に根ざすクラブがつながった(Article #8)。ソニックガーデンとブラインドサッカーは、開発の当事者としてプレイヤー自身が製品づくりに参加した(同)。FC今治は、地域の課題を、クラブという場に集約させた(Article #5)。Common Goalは、世界中のアスリートの寄付を、201の団体という具体的な受け皿につないだ(Article #6)。ジェイレン・ブラウンは、自身の信用力を、Boston XChangeという仕組みに転換した(Article #10)。
一見すると、これらはすべて「スポーツを介した、異なる主体の出会い」に見える。
だが、よく見ると、つながりの質は一つではない。
企業とクラブの関係は、契約に基づく。地域とクラブの関係は、日常の接点に基づく。アスリートと社会の関係は、個人の意志に基づく。同じ「共創」という言葉で括ってしまうと、この違いを見失う。
Article #8の編集後記は、こう書いていた。
共創は一つの契約の型ではなく、異なる関係の中に、条件が揃ったときに現れる性質として捉えたほうが、実態に近いのではないか。
この一文が、本稿の出発点になる。
第2章 ── 何が、従来と違ったのか
従来の関係を、思い出してみる。
企業はスポーツに広告費を払い、露出を得る。地域はクラブを応援し、クラブは試合結果で応える。アスリートは競技し、社会はそれを観る。役割は、はっきり分かれていた。
Issue #001で見た事例は、この役割分担を、少しずつ崩していた。
みんなの銀行は、広告を出すだけでなく、ファンとの接点そのものを設計に組み込んだ。FC今治は、勝敗だけでなく、地域の教育や商店街の課題までクラブの仕事として引き受けた。ジェイレン・ブラウンは、競技の外側で、自分の資本を地域の起業家に配分する仕組みをつくった。
共通していたのは、一方が価値を出し、もう一方が受け取るという構造から、双方が、互いの課題を定義し直すという構造への移行だった。
ただし、ここで立ち止まる必要がある。
すべての事例が、この移行を完了しているわけではない。Article #8は、コカ・コーラとIOCの90年続く関係にも触れていた。この関係は、契約としては安定している。だが、双方が課題を定義し直しているわけではない。それでも、この関係は、企業にとって十分に機能している。
つまり、「共創的な関係」が「優れた関係」で、「そうでない関係」が「劣った関係」なのではない。関係には、それぞれの目的に応じた、異なる形がある。
この相対化を欠いたまま「共創こそが正解だ」と書けば、それは事例の奥にある構造を見誤ることになる。
第3章 ── スポーツは、何をしていたのか
では、スポーツは、これらのつながりの中で、何をしていたのか。
一つの機能は、出会いの場をつくることだった。異なる業種の企業と、地域の店主が、クラブという共通の場で出会う。FOOD BALLの48店舗は、クラブがなければ生まれなかった接点だ(Article #7)。
もう一つの機能は、信頼を早く築く装置であることだった。試合を通じて生まれる感情は、契約書よりも早く、人と人の距離を縮める。
そしてもう一つ、気づきにくい機能があった。資本・信用の源泉としての役割だ。ジェイレン・ブラウンの事例は、これが最も分かりやすい。彼が地域の起業家に投資できたのは、彼が「アスリートである」という信用そのものが、資本として機能したからだ。これは「出会いの場」でも「触媒」でもない。スポーツという経験が、そのまま資産に変わった例だ。
スポーツの役割を、一言で定義しようとすると、こぼれ落ちるものが出てくる。触媒であり、場であり、時に資産でもある。この多面性こそ、Issue #001が示した発見のひとつだ。
第4章 ── 共創の構造、あるいはその手前にあるもの
ここまでの整理を、ひとつの補助線にしてみる。
多くの事例は、次のような順序をたどっていた。まず、接触が生まれる。次に、対話が始まる。やがて、役割が分かれ、最後に、仕組みとして組織化される。
この補助線は、便利だ。だが、これだけでは足りない。
FC今治もCommon Goalも、記事の最後で、同じことを書いていた。
点は増えている。ただ、その点同士は、まだ一枚の地図として語られてはいない。(Article #5)
共創に、完成形はないのかもしれない。あるのは、つなぎ直し、更新し続けるという、終わりのないプロセスだけなのかもしれない。(Article #6)
この二つの言葉は、偶然、同じ場所にたどり着いている。
共創は、「組織化」という到達点を持つプロジェクトではないのかもしれない。むしろ、関係をつなぎ直し続けること自体が、共創の実態なのかもしれない。
だとすれば、「接触→組織化」という段階モデルは、あくまで観察のための仮の枠組みに過ぎない。実際の現場では、組織になった後も、つなぎ直しは終わらない。FOOD BALLの店舗は、増え続けると同時に、離脱もするだろう。Common Goalの201団体は、来年には数が変わっているだろう。
共創とは、完成する日を持たず、点と点をつなぎ直し続ける営みそのものである。
第5章 ── 一つではない、次の問い
Issue #001の各記事は、それぞれの終わりに、次の問いを残していた。一つに揃えず、並べてみる。
FC今治は問う。この構造は、特定の個人だからこそ実現できたのか、それとも他の地域でも再現できるのか。
Common Goalは問う。まだつながっていない点は、どこにあるのか。
FOOD BALLは問う。この実践は、この組み合わせだからこそ機能したのか。
企業とスポーツの関係は問う。受け取る側は、その関係を、本当にどう感じているのか。
地域とクラブの関係は問う。課題は、日常の接点から見つかるのか、それとも制度の枠組みから見つかるのか。
アスリートと社会の関係は問う。ひとりが去った後も、仕組みは残るのか。
これらは、一つの問いに集約できない。無理に集約すれば、Issue #001が積み重ねてきた、現場ごとの固有性を失う。
だから、私たちはあえて、これらを並べたままにしておく。読者が、自分の立場に近い問いを、持ち帰ればいい。
終章 ── まだ、何も終わっていない
Issue #001の途中で、編集部はこう書いた。仕組みが足りていない、と。
その診断は、まだ有効だろうか。
FOOD BALLは、加盟店を増やし続けている。Common Goalは、世界各地の団体とつながっている。仕組みは、確かに増えている。
けれど、増えていることと、足りていることは、別の話だ。点は増えた。面には、まだなっていない。
だから、まだ何も終わっていない。
この問いは、読者一人ひとりに、返したい。
企業の担当者へ。自社とスポーツの関係は、まだ一方向のままだろうか。それとも、互いの課題を、共に定義し直す関係になっているだろうか。
地域のクラブへ。地域の課題は、日常のどんな接点から見えてくるだろうか。まだ拾えていない声は、ないだろうか。
アスリートへ。自分の影響力を、意図して使えているだろうか。これから、どんな形で使っていけるだろうか。
これらの問いは、抽象的な「あなた」への問いではない。それぞれの現場に立つ、あなた自身への問いである。
そしてIssue #001は、もう一つの発見を残した。
つながることと、つながった先で何かが動くことは、同じではない、という発見である。
出会いは生まれた。関係も生まれた。けれど、そのつながりの先で、人は本当に動いたのか。生まれた価値は、その場所に留まり続けたのか。それとも、どこかへ流れて、消えてしまったのか。
この問いに、Issue #001はまだ答えていない。
だから、次の号では、この続きを考えたい。「つながり」の先にある、「循環」について。スタジアムに人が集まったとき、その先で街は動くのか。観戦をきっかけに訪れた人は、街へ出ていくのか。生まれた価値は、地域の中を巡り続けるのか。
その問いは、Issue #001の続きとして、自然に立ち上がってきたものだ。
あなたの現場にある、まだつながっていない点は、どこにあるだろうか。





