2023年1月29日、愛媛県今治市。真新しい今治里山スタジアム(命名権により、現在は「アシックス里山スタジアム」)のこけら落としで、岡田武史はマイクを握り、こう言った。
「いやー、これから借金を返済するのが大変だよ。」
清々しい笑顔だった、と伝えられている。
総建設費、約40億円。国や自治体の補助にできる限り頼らず、民間の力で建てた。2023年の開場時点で5,316人を収容できたこのスタジアムは、将来的には1万5,000人まで広げられる設計になっている。だが、その日岡田が語ったのは、勝利でも輝かしい未来でもなく、これから背負うことになる借金の重さだった。
「よそ者」から始まった10年
2014年11月、岡田武史は、当時四国リーグに所属していたFC今治の株式51%を取得し、代表に就任した。
「きちんと計画して、ああしよう、こうしようなんてやってない。先に描いた絵があって、そこに向かって目の前のことをやりながら進んできた」。岡田は、後にそう振り返っている。その絵とは、サッカークラブが地域の暮らしを支え合う「共助のコミュニティ」になる、という構想だった。
最初から歓迎されたわけではない。今治に来て最初の2年間、地元から「よそ者」として扱われ、約束を土壇場でキャンセルされることもあったという。
そこで気づいたのは、単純なことだった。「来てくださいと言う前に、俺たちが行かなきゃ駄目だ。」
四国リーグから、JFL、J3へ。そして2024年11月、FC今治はJ2昇格を決めた。10年をかけての昇格だった。
ボーナスも出せなかった、その先へ
クラブの経営は、長く楽観できるものではなかった。パートナー企業からの協賛収入は、チームの成績や所属カテゴリーに左右されやすい構造を抱えてきた。スタジアムの建設費も、公金への依存を避け、民間だけで資金を捻出するという制約の中で用意した。
社員は、6人から始まった。2024年、J2昇格が決まった頃、岡田はこう振り返っている。
「うちの社員、スタッフに、いい環境、いい給料を与えたいと思ってきたのに、まだボーナスだって出せてない。それでも俺についてきてくれてね。」
その後、状況は動いている。2025年度の決算では、運営会社2社(今治.夢スポーツ・今治.夢ビレッジ)合計で、1億3,418万円の当期純利益を計上した。組織も、社員約40人に、コーチ・インストラクター等の業務委託70人を合わせ、100人を超える規模になっている。
成功の物語として語るには、まだ早い。それでも、道半ばの姿は、少しずつ形を変えている。
サッカーの外側で始まった学校
FC今治が力を入れてきたのは、サッカーだけではない。
「しまなみ野外学校」では、無人島での宿泊や、瀬戸内海を8泊9日かけて横断するプログラムなど、体を使った学びの場を提供してきた。育成プログラム「バリーズ」には、これまでに700人以上が参加している。
「しまなみアースランド」では、自然との共生を学ぶ環境教育を行っており、今治市内の小学5年生は、全員がこのプログラムを体験する。年間の参加者は、約1,500人にのぼる。
2016年に始まった「Bari Challenge University」は、全国から集まった若者たちが、地域の課題を見つけ、解決策を競い合うワークショップだ。これまでに300人を超える若者が、この場を巣立っていった。岡田はこの取り組みについて、「毎年開催するたびに大変だけど、絶対に続けなければならないと強く感じます」と語っている。
大人にできなかった本音のケンカ
野外学校のプログラムでは、こんな出来事もあった。台風の接近で、子どもたちが島に4日間、足止めされたことがある。
意見の違う子ども同士が、泣きながらぶつかり合った。後になって、ある子どもはこう振り返ったという。「本気でケンカしたことなくて、初めて本音でケンカした。」
用意された正解はなかった。ただ、そこにいた大人たちは、子どもたちがぶつかり合う時間を、取り上げなかった。
共創、という構造
サッカークラブの経営と、子ども向けの野外教育と、行政からの土地提供。一つずつ切り離して見れば、これらは別々の出来事に見える。
だが、並べてみると、一つの構造が浮かび上がる。この構造は、今治という一つの街だけのものではないのかもしれない。
共創の構造(FC今治の事例より)
企業は協賛という形で。行政は土地という形で。住民は、最初は「よそ者」という拒絶の形で。子どもは、学びとぶつかり合いという形で。誰も、同じ形では参加していない。共創とは、全員が同じことをすることではなく、違う形の参加が、時間をかけて積み重なっていくことなのかもしれない。
点が、まだ面になっていない
スタジアムは、試合のある日だけの場所ではない。ランニングクラブが走り、犬を遊ばせる人がいて、季節ごとのフェスが開かれる。365日、人が集まる場所であることを目指して設計された。
それでも、この10年がすべてうまくいったわけではない。フットボール以外の事業について、サポーターから「よく分からない」という声が上がることもある。理念が、現場のひとつひとつの事業にどう反映されているのか、社内でさえ十分に共有できていないという課題も残っている。事業と事業のつながりを、まだ言葉にしきれていない。
岡田は、この先をこう語っている。「地域に共助のコミュニティがあれば、上からではなく下から世界の秩序をつくっていけるかもしれない。」
点は増えている。ただ、その点同士は、まだ一枚の地図として語られてはいない。




